美しい春なのに、新型コロナウィルスの影が、私たちの社会全体を覆っています。
弁護士業界でも、さまざまな催しや会議が中止や延期になり、弁護士会が運営する法律相談センターの業務が縮小されるなど、影響は日に日に大きくなっています。
先日、ある事業者の方から、相談を受けました。
その方の事業は、健康増進に必要ではあるものの「不要不急」とされ、相手先からのキャンセルが相次いでいるとのこです。その方自身は、キャンセルは止むを得ないものと受け止め、相手先にキャンセル料等を請求するつもりはありません。しかし、事業実施のために必要な人員を確保するため人材派遣会社と契約しており、これをキャンセルした場合に、人材派遣会社からキャンセル料を請求されてしまうのではないか、というのが、ご相談の趣旨です。
私としては、次のように答えました。
一般的に「キャンセル」とは、契約の履行が可能であるにも関わらず、一方の都合と意思で、取りやめる場合のことです。しかし、今回のコロナウィルスの影響による「キャンセル」は、これとは異なり、感染拡大の防止という社会全体で取り組むべき目的のために事業実施が不可能になってしまったものと捉えられます。そこで、仮に契約書にキャンセル料についての規定があったとしても、そこで想定されている「キャンセル」には該当せず、民法の「危険負担における債務者負担主義の原則」(一方の債務が履行不能になった場合、公平の観点から、その対価は請求できないという原則)により、金銭の支払い義務も消滅する、と考えることが可能ではないか、と。私としては、通常のキャンセルとは事情が異なるので、上記のような考え方も念頭に、話し合いで折り合うことを勧めました。
もちろん、詳しくは個別の事例ごとに契約書を検討する必要があります。
このケースでは人材派遣会社の側も苦しいはずであり、人材派遣会社の側に立って考えると、別の解釈も可能かもしれません。
更に、人材派遣会社の向こうには、実際に働こうとしていたのに働けなくなってしまった人がいます。
特定の個人に責任を負わせることができないコロナウィルスの問題。そこから実際に発生している損害を、誰がどう負担するのか。
現行法の解釈だけでは簡単に解決しない問題であり、こうしたときこそ政治の出番ではないかもと思います。
この重苦しい状況を何とか乗り切り、早く日常を取り戻したいものです。
(弁護士 松浦信平)