印象に残った事件がありました。
親を亡くした子の遺族年金受給権をめぐる手続きです。
Aさんが1才のとき、両親は離婚しました。母親はAさんを連れて実家に戻り、Aさんは、母親、祖父母と4人で生活するようになりました。ところが、Aさんが8才のとき、母親が病気で亡くなります。一緒に暮らして来た祖父母がAさんを育てる決意をし、祖父がAさんの未成年後見人になりました。
たまたま別のことで祖父母を支援することになった私は、打ち合わせの中で思わぬことを聞きました。
祖父は年金事務所で、Aさんが遺族年金を受給するための手続きをしました。しかし、Aさんの実父から月数万円の養育費の送金があることを祖父が話したところ、「それでは年金は出ません」と言われてしまい、年金をもらえない扱いになったというのです。
調べてみると、法律は「生計を同一にする父または母」がいる者には年金の支給を停止すると定めており、年金事務所の決定はこれを根拠にしていました。
確かに、親子が別居していても、親の仕送りを受けながら大学生が一人暮らしをするような場合には、「生計同一性」が認められます。しかし、それは、別居があくまで一時的なもので、大学生の生計に責任を持つ親がいるからです。
Aさんの場合、1才のときの父母の離婚以来、父親とは暮らしたことがないばかりか、会ったことさえありません。父親側の事情もあり、これから思春期に入るAさんが再び父親と暮らす可能性は限りなく低いと言えます。
また、離婚時に定められた養育費は、Aさんの母親がAさんの生計に責任をもっていくことを前提に、これを補うためのものに過ぎません。
「これはおかしい!」と感じた私は、異議申立手続きとして、社会保険審査会への審査請求を行いました。そして、先述の主張を重ねたところ、数ヶ月後、異議申し立てが認められ、Aさんは年金を満額受領できるようになりました。
Aさんのお宅に報告のお電話をし、祖父の喜びの声を聞いたときの嬉しさは、弁護士冥利に尽きるものでした。
社会の課題として、「子どもの貧困」への取り組みが求められています。
一人親家庭でさえ、経済的に困難な状況に置かれることが多く、社会の支えが必要です。
Aさんのケースでは、その母親さえも亡くした9才の子を、社会としてどう支えていくのか、ということが問われています。
判断をする担当者が、そうした視点をもって法律を解釈していれば、支給拒否などという冷たい結論にはならかなったはずです。
「それでは年金は出ません」と言われたとき、Aさんの祖父母は、理不尽さを感じながらも、「年金事務所がそういうのなら仕方がない」と思ってしまったと言います。今回は、たまたま弁護士が異議申し立てをすることでAさんの年金受給権が回復されましたが、同じような目にあって泣き寝入りをしている子も、いるかも知れません。
祖父母のご了解を得てプレスリリースしたところ、読売新聞が取材し、多摩版でしっかり記事にしてくれました。
社会の片隅の小さな事件なのでしょうが、弁護士になった原点に立ち返るようなやりがいのある事件との出会いが、私を随分元気にしてくれました。
(弁護士 松浦信平)